2011-01-20

くりくり坊主

こないだの土曜日の話。
ボーイズの伸びてきた髪をいっせいにバリカンで全て刈り取る日。
もちろん、俺は刈る側もしくは傍観者である。
ボーイズも最近は「Yuheiその髪型キープな!」と言うので、
もとより切るつもりはなかったが、さらにこの意志が強固なものとなった。

くりくり頭になったボーイズはとてもかっこいい。
精悍なというか凛々しいというか
見違えるほどにかっこよくなる。
この時に俺も刈ろうかなと気持ちが浮つくのは、24年間の人生のうち20年近く坊主頭で生きてきたからかもしれない。



刈り終わった後は
「かっこようなったな!お前ら最高♪」と一声かけて、綺麗な坊主頭で一緒に遊ぶのである。
「坊主頭だからこそ出来るねんぞ!うらやましい!!」と言わんばかりに。

頭の皮ふ寄せまくってみたり、
坊主頭にセーターのっけて、引っ張ってみたり。



そしてお返しにと言わんばかりに
ボーイズも俺の髪で遊ぶ。

軽く編んでみたり、
台湾アクションスターの髪型に似せたり。


お互いにないもので遊んだり学んだり
髪型だけじゃなく、ケニアの遊びと日本の遊び、スワヒリ語と日本語
ケニアの考え方や生き方と日本の考え方や生き方。

改めて彼らから学ばせてもらうことばっかり。
ボーイズのみならず同僚、そして町のケニア人たちからも。




ちなみに上の後ろ姿の坊主頭は
このウインクしてる彼の坊主頭とは別のボーイのものである。


ケニア生活一年が過ぎたころには
ボーイズで「利き坊主頭(後ろ姿)」をして、正答率80%を目指したいと思う。




Tutaonana baadaye.

2011-01-19

浸透するも消耗

ボーイズの意識の中にボールを大切に扱う思いが増してきた気がする。

トーキックの際にボールを縫ってる紐を切ってしまわないように、
爪切りをよく借りに来るようになった。
サッカーを始める前にボールの取り扱い方を改めて周知している者もちらほら見かけるようになった。
そして雑に扱えば怒る者も。

爪に関しては衛生面からも効果があると思うし、
何よりもみんなの共有物を大事に扱う・管理しようとしている。
とにかく、そういうボーイズはめいいっぱい褒めてやる。

しかし、
そうしていてもボールは消耗していく、日本での感覚が嘘のように。
運悪く、フェンスの有刺鉄線に直撃してパンクしたり、
結局爪で糸を切ってしまったり、
元々のボールの質がそこまで良くないのか、空気がすぐ抜けたり。

家に新しいボールは2つあるが、すぐに新しいのも出したくない。
本物のボールでボール遊びをしたいのは山々だが、ボールはどっかからわいて出てくるわけではない。
それはみんながわかっている。

同僚に話を持ちかけてみると、「タウンに直せるやつがいる、お金はかかるけど。」とのこと。
ボール作りはもう軌道に乗っているから、次はボール修理を学ぼう。
そしてそれをまたボーイズと同僚と共有しよう。
俺がおらんくなっても誰かが直して使い続けれるように。

それまでは、当面手作りボールのみ。
来月からのKRSサッカークラブを始動も、とりあえずは手作りボールのみ。

手作りボールも十分ボールとして使えるのだから。




Tutaonana baadaye.

2011-01-18

ボール職人

最近、ボーイズの中でボール職人たちが急増中。
といっても俺に弟子入りを志願してきたわけではない。

元から作り方を知っている者もいれば知らなかった者も
知らなかったボーイズにはボール作りレッスンを開催するわけではなく、
作り方を知ってるボーイズのところへ一緒に行き、教えてやってくれと頼みそれを見守る。

ごみとして出るビニール袋を集めてきて、
せっせとボール作りに没頭する彼ら。
そして完成後、製作途中に関わらず、「見て見て!!」と
とてつもなくええ顔で駆け寄ってくる彼ら。

ボーイズ同士の助け合いというか教え合い
そんな光景も大好きだが、
俺に「袋くれっ」とねだらずに自分で探してくるところも大好き。

あっと言う間にボール作り職人を引退する時期が来たようだ。
しかし、隠居するにはまだ早い。
今引退するとなんか負けた気もするし、究極のボール目指し競いあってみるか。
お前らには負けん!!






Tutaonana baadaye.

2011-01-16

運動場が駐車場

現ケニアの副大統領ことカロンゾ・ムシオカさんにお会いしたのは先月3日の話。(ブログ、ムシオカさん参照)
まさか、ここケリチョで再会を果たすとは夢にも思わなんだ。

ケリチョでの催しごと(詳細は不明、聞いたが忘れてしまった。)に出席するため、ナイロビから出向いてくるということだったらしい。

そして、その行事に遠方から車で来る人々用の駐車スペースとして
我らがKRSのグラウンドが大抜擢。
ケリチョにはもちろん駐車場という施設、場所がないため
会場から近いというそれだけの理由でうちの運動場が駐車場になったのである。

週末当番中で、出勤していた俺は
朝から、「カロンゾが来るカロンゾが来る」と同僚らと大はしゃぎ。
たった一度表敬という名目で会っただけなのに、なぜか湧いている親近感。
同僚も「私直接見るのは初めてだけど、Yuheiはまたカロンゾに会えるのね。あんたのこと覚えてるかな?」と多少はウキウキしていたようである。

しかし、その反面
せっかくの快晴、サッカー日和にもかかわらず(ボーイズと俺にとっては雨天時を除き常にサッカー日和)
サッカーが出来ないというショックもあり、ボーイズと続々と増える車を眺めながら
「はぁ。。今日はサッカー出来んな。。何しよか?」
「うん、仕方ないね。Yuheiどの車が好き?俺あの黒のパジェロ!!」
「俺か?俺はその隣の黒のランドローバー!!」

とか言いつつも、
暇つぶしに英語のお勉強がてら珍しく英会話。
途中でスワヒリ訳も混ぜながらだが。

「Now, how many white car are there?」「5 cars!」
「What does the police have?」「Stick!」
「It’s close, pls answer by sentence.」「Mmm… Ulisema nini?(なんて言ったん?)」
結果、スワヒリかい!もうちょい、がんばれよ!!と思いつつもこんな感じで遊ぶ。


しかし、頭より体を動かしたくて仕方ないボーイズの目の前にひろがるは
いつもと同じようで同じでないグラウンド。


仕方なくボーイズはこうなる。







すると、轟音とともにまさかのヘリコプター着陸。
テンションが右肩上がりでなく垂直方向に著しく上がるボーイズとええ年した俺。



何事かと思いきや、そのヘリコプターから出てきたのは
カロンゾ・ムシオカ本人であった。
ナイロビから400km近くある道のりを車で来ると思い込んでたのは俺だけだったのだろうか。
開発途上国といえど副大統領ともなれば、あんな乗り物で来るなんて。

そしてヘリから降りてすぐ車に乗り換え会場に向かうムシオカさんに対して
列になって手を振るボーイズはじめKRS職員一同。
彼はちゃんと車の窓を開け、手を振り返してくれた。
しかし、俺を覚えてたかどうかは定かでないにもかかわらず、妙に嬉しかったのはなぜだろう。

面会時間5秒、「面会」というか完全な「通過」
こんな感じで彼との再会は終わり、
その後ボーイズとヘリコプターの話で持ち切りだったことは言うまでもない。




Tutaonana baadaye.

病み上がりの日本人と陽気なケニア人

病気から復活してすぐ、健康ってのがうれし過ぎて
帰宅途中の夕方の町を歩き回る。

そして、いつもの無駄口仲間兼仲良しケニア人たちに挨拶に。

まずは、スーパーの店員たち
「お前どこに隠れててん!?てか、クチビルどうした?病気か!?」と
俺のかっさかさでかさぶたのある唇を見て、彼らは言う。

昨日まで病気やってさー、けど治ったから挨拶に来てん。さしぶりやな!!
と返事を返し、しばしレジ周辺でおしゃべりを楽しむ。
(相手の店員たちはもちろん勤務中であるが関係ない)

そして去り際に彼らが
「ま、お前はそんな病気では死なんよ、気にすんな。
けど、無理はするなよー。」と

そんな彼らの言葉に対し、俺は
「おう、ありがとう。死なねぇよ。まだ結婚してねぇからな!!」
と思いつくまま返す。

実際そこまで俺は結婚したいのか、相手すらいないのに。
結婚というものに憧れ過ぎているのではないかと自分で自分が心配になる。

しかし、おかげで店員たちは大爆笑。
一部の店員はレジ打つのもやめている状況である。

せっかく大爆笑をいただいたのだが、
自分の発した言葉が徐々に羞恥心を与えてきたので、
そそくさとその場を後にした。


その後はその足で
俺をジーザス扱いするケニア人たちの元へ

彼らも相変わらずであった。

すると知らんおっさんが来て、急に
「俺は横浜のクマモト大学で勉強した。」と自慢げに言う。

ちなみにスワヒリ語でクマモトとはクマ(pussy)モト(hot, fire)という意味であり、
単なる下ネタである。

少し日本の地名を知っているからと言って、
それをふざけて言ってくるケニア人がちらほらいるのだが、
今回はあえてその下ネタは無視し
「横浜に熊本大学はねぇよ。熊本大学は熊本県にある、覚えとけ!!」
と言ってみたが

「まじか!?クマモト県なんてあるんか?」と懲りずに続けるおっさん

「あぁ、ここだけの話クマモト市もあるぞ!!」と半ばあきらめる俺。

「うぉーい」おっさん唸る

せっかくの仲良しケニアンとの会話を知らないおっさんに邪魔されたわけだが、
さっさとおっさんを巻いて、帰宅。


病み上がりのせいか、妙に疲れた気がした帰り道。
だけど、お気に入りの帰り道。




Tutaonana baadaye.

2011-01-15

くれくれ

と最近同僚によく言われる。

といってもねだられるのは
ビスケットと髪の毛。

お金ではない。


髪の毛は単純に欲しいらしいが
もちろんあげるつもりはない。

日本に帰国する前ですら、置き土産にするつもりもない。


ビスケットは
ただ、チャイタイムに職員みんなで一緒に食べたいという理由である。

そして、ビスケットを持って行った翌日もしく翌々日には
他の同僚がマンダジ(ドーナツみたいなん)をみんな用に持ってきてくれる。

以上の理由から、
髪の毛とは違い、ビスケットは頼まれると極力持っていくことにしている。
そしてそれを皆でわけっこしながら、おしゃべりとチャイを楽しむのである。

ある種の助け合いというか持ちつもたれつ。


ケニア人によく言われる
「なんかくれ~」口撃も全てが全て悪いわけでもないなと感じるし、

いきなり人に「物くれ」と頼むこと自体が良くないと感じるのは先進国出身の感覚なのか

こうして物の与えあいという形で助け合って生きているという観点では考えられないのか


このように
ケニアの習慣・文化を改めて考えてみるとおもしろかったり、頭がこんがらがったり。
けど、半年経過した今でもケニアを嫌いにはなれない。
そして「嫌い」と判断出来るほど、まだ俺はケニアをケニア人をそこまで知っていない。
2年間じゃ足らないかもしれないが、もっとケニア人とケニアを勉強しよう。





Tutaonana baadaye.

2011-01-14

体が資本

復調の兆し
そして昨日から配属先にも出勤し、これまで通りのスケジュールへ。


一日中寝ていたなんて、いつぶりだろう。
薬に安心を求めたなんて、いつぶりだろう。

幼少期をのぞき基本的に丈夫な体であり、病気もほとんど患わなくなって久しい。
しょうもないケガ(精神的ケガ含む)はしょっちゅうだが。。

しかし、
今回のように数年ぶりに体調を崩す、もしくは大けがをしたときに
毎回といっていいほど、心身健康であることへの幸せと自身にとって体こそが資本である

と思う、というより思わされている。

というのも、先程申し上げた通り
基本的に丈夫な体であるため、ある意味での健康慣れをしており
おそらくこのくらいなら大丈夫だろうとたかをくくったり、調子に乗ったりする。

完全な悪い癖であるが、これがなかなか治らない。
今回の病気よりも先にこの感覚を治さねばならないと真に思う。

この先に待つ寄る年波と弱体化も考慮して。

外歩きまわれるって幸せ
大声で叫べるって幸せ
はしゃげるって幸せ


そして何よりも

ありがとう。

イソジンとパブロンと体温計




Tutaonana baadaye.